なんとなく会話を拾ってみた

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www11.big.or.jp/~kkk/pico/?date=20071116%23p02
ならびに
http://d.hatena.ne.jp/yuzuru/comment?date=20071120#

801系の知り合いがいるので、
そっちの人の嗜好とか思考とか志向に触れる機会が増えたのですが、
何か根本的な違いってある気がします。拘りの強さっていうのかな。
それこそ、カプの順番(A×BとB×A)だけで論争が起こる程の情熱っていうか拘りっていうか、
そういうのって百合派には希薄なんじゃないかなぁと。

自分も百合好きな人間として意見を言うなれば、
私達が与えられるものって、「百合として提供されたもの」だと思うんですよね。
もう、供給サイドがそうやって出しているもの。
これは、801系がそうではないと言っている訳ではないのですが、
801系の人達には「そうでないものを、そっちに持っていく力(ないし情熱)」ってのを強く感じますよね。
そうあるからこその、カップリング論争だったりと思う訳です。

じゃあ百合はどうなのかっていうと、
最近の扱われ方としては「幾つかある萌えジャンルの内の1つ」として収まってしまっている、
そんな感じなんですよね。
そうなってくると、最近の百合をを更に細分化しようって事自体が違うのかな、と。

801という物を細分化するという事が、
「みかんを産地・品種で分ける事」とするならば、
最近の百合を細分化するっていう事は、
「みかんの中の1粒1粒を分ける」
そういった事なんじゃないかなぁと。


勿論、百合をもっと大きく捉えてる人もいると思うので、
あくまで「自分が最近の百合」に対して思う事って事です。
少なくとも、ゆずるせんせーのように「作る側にいる人」のスタンスって一歩上の場所なのかな、と思います。